性欲

7月31日

 

‪久しぶりに安全な屋内で一人で目覚めた。この条件を満たすとき、いつも決まって自分の性欲について2,3時間考え落ちてしまうことも、思い出した。‬
‪その瞬間、自分は性欲から逃げるためにマズローのピラミッドを降りていたのだと、‬唐突に理解した。

 

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ひとは、人格形成期に足りなかったものを一生渇望し続ける。

彼の場合、それが性愛であった。

喧嘩が絶えなかった両親が小6で離婚し、残された母親は鬱病で家事をしなくなった。家庭はフィジカルにもメンタルにも荒廃し、彼は15で家を出た。

通っていた名門男子校では一人暮らしが認められなかったため、共学の公立高校に転じた。もとより異性への欲望が募っていた彼にとって願ってもない解放のはずだった。けれどその学校に、彼の話し相手はいなかった。

青春という大いなるプロパガンダのなかで、彼の欲望は次元を超えて反転し、ひとを寄せ付けない腐臭を放った。クラスの男子の半数には彼女がいるのに、自分には友達も家族もいない───。生命を脅かすほどの寂しさに、彼の多感な2年間が費やされた。勉強など手につくはずがなく、お絵かきで大学に入った彼は、いつしか創作や能力証明に拠る自己愛を確立した。

やがて彼女ができ、セックスもした。何かが満たされた気がした。現に彼はそれきり努力や創作をしなくなった。人生を駆動していたエネルギーがふっと消えて楽になり、働きもせず生活保護を受けて1年間生命維持だけをして過ごした。これがいわゆる幸福なのだろうと彼は思った。

 

何かが違っていた。

引き抜かれた財団に集う選り抜きのエリートたちを眺めて、そう思った。彼らの夢と希望と底抜けの活力は、どんな根深い渇望からきているのだろう。───いや、違う。彼らは欠乏欲求ではなく成長欲求で動いているのだ。

そんなものを信じたことはなかったけれど、そんなものでも推定しなければいい加減、説明がつかない。思えば今まで話の合わない人たちと識覚するだけしていた大多数の同級生や大人も、そうなのではないか。

空恐ろしくなってきた。自分は彼らにはなれないことを、僕は知っている。ひとは、人格形成期に足りなかったものを一生渇望し続ける。

キモい話をしよう。僕の視界では、全てはセックスに繋がっている。自分の存在や行動の意味はすべからく人間関係によって定義され、その肯定と承認のシンボルがセックスである。翻って生活の全事象は前戯として評価され、人生とは長く切れ目ないひとつのセックスに他ならない。自分でも何を言っているのかわからねーが、比喩だとか論理だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしい実感なのだ。

この拡張された性欲は、満たされることがない。射精なんてしても仕方がない。今日もこの街のどこかで、自分より暴力的に優れた身体と顔とバイタルの男たちが夜な夜な暴力的に女を犯し続けている。どこぞの国王は1000人の子供を産ませたという。僕は精神的な話をしているんだよ。性欲は満たすことができないんだ。

そして、おそらくは性欲を先鋭化する段階で、ほかのいろいろな欲求や興味を失っている。食、酒、タバコ、ギャンブル、睡眠、服、金、出世、そして勉強。心は水のように張って少しも惹かれない(実際ひとつもできていない)。勉強の欲求がないというのはつまり、科学、政治経済、アート、環境問題、時事、ひろい世界のことにぜんぜん関心がないということである。ずっと自分の半径1mに致死量の課題があったのだから当然だ。

stay hungryをそのままの意味で咀嚼してきた。人間らしく"動く"ために、彼女と別れ、家を捨て、無能な人間を自分の上に立ててきた。人生はマッチポンプだと言いながら、定礎したはずのピラミッドを降りていく。おれは人間になれない